不動産事務 正社員 大阪

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ルート営業をしていました。自社商品を各小売店に提案し販売していただく営業です。商品は海外(主に中国)製品で商社から買い付けていました。
よって商品の価格は為替で変動する仕組みでした。車の販売のように1円、2円の為替相場で何千万が動くと言うほど大きくはないのですが、それでも毎日の
為替相場の変動によって左右される商品に振り回されていました。ちょうど3年前(2014年)くらいに円相場が円安に大きく振れてしまい、販売する商品の価格が
高騰しました。小売店のお客様にはそのことを事前にお知らせして(商品の価格が大きく上がりますと)在庫のある商品を早めに購入を考えていただくように事前策を取るのが通例です。それを実行しようと書面の作成と価格の改定書を作成していました。その頃の担当の地域は私の先輩が以前担当していた地域で担当を譲り受けてからもちょくちょく口を挟んできていました。それは我慢していましたが、その時の価格改定の時も適正な価格の改定をさせてもらえない重圧をかけてきました。業界全体の価格が上がる情報も掴んでいましたので、適正な価格で改定しても何の問題もないのは分かっていましたし、そうすることで会社には適正な利益が発生し大きな問題にもならないのにと思っていましたが、逆らえず適正よりも下の価格で改定を行いました。そのことで私は会社の取締役2名から減給の叱責を受けました。先輩は知らん顔でした。この時ほど仕事を辞めたいと思ったことはありませんでした。毎日が憂鬱でした。

 

 

 

不動産事務 正社員 大阪

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先輩の僻み、嫉妬が凄いありました。

 

比較的、人と接するのが好きで、入社してから、お客様に気に入られ、常連さんがつき始め売り上げが、良くなりました。それから先輩がシカトしてきたり態度が酷くなり、レジがかなり混んでいる時に手伝ってくれず、知らん顔。私の中ではチームワークが良くないと上手く行かないと思いながらも、仕方なく我慢して働いてました。それから半年経ち、イジメに繋がる事になりました。ロッカーにゴミを入れられ、服も汚されたりしてました。店長は、弱々しい男の人だったので、気づかないふりで一回も助けてくれた事もなく、味方が全くいなく1人でずっと続けていました。更に、嫌なことは続き、イジメてくる女性の店員の友達まで来て、私を見ながら笑ったり、呼ばれて服の文句を言わたり、大量に服を持って試着室に入り、ぐっちゃぐっちゃにして出て行き、先輩は忙しいから、◯◯さんやっといて。の一言。とてもじゃないけど我慢も出来ず、辞めました。欲を言えば給料が良ければ、私は続けてました。でも、安給料で、蕁麻疹や、ストレスで円形脱毛症になったり、ストレスフリーの時は、病院なんて行かなかったので、働いて病院のお金が無駄にかかり、こんなんなるなら、もう辞めてやろうと決意しました。